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名古屋メシでお別れ会

 九州大学後小路さんのご一行様帰国の朝。
 18日から今日まで1週間のアテンド中、バンドンとジャカルタでは同じホテルに泊まりながらも一度も朝食を一緒にすることがなかった。というのも、後小路教授は朝6時半から起きて宿泊先周辺を散歩するのだ。そして出発時間の1時間前には朝食をとり、いったん部屋に戻って歯磨きする時間もしっかり計算に入っている。
 私はといえば、出発時間から朝の準備(シャワー&化粧)に20分、朝食時間に20分を引いて起床したいタイプなので、どうしたってご一行様と朝食タイムが重ならない。けれど、せめて最後の朝食くらいは皆さんと・・・と思い、ジャカルタまで同行してくれたササンと一緒にがんばって早起きして最後の晩餐ならぬ朝食。

 ホテルでご一行様のお見送りを済ませ、向かえにあるショッピングセンターへササンと散策しに行くことにした。ホテルの外で色とりどりの花輪発見。来春、国際交流基金の企画で日本人アーティスト約15ユニットによる大アートイベントが予定されていて、私は現地コーディネーターとしての役を仰せつかった。参加作家の一組は大阪在住、淀川のゴミから作品を作って注目されるようになった「淀川テクニック」。韓国は光州で去年開催されたビエンナーレに出品した彼らの作品には、韓国の川のゴミで作った大きな花輪もあった。私の出身地名古屋ではパチンコ屋の開店にかかせない派手な花輪。

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 そんな花輪が今日ホテルである結婚式なのか記念パーティなのか、そのためにたくさん並んでいたのだ。ついこの間、現地リサーチでジョグジャを訪ねた「淀テク」の柴田君のことを思い出し、いつくかの花輪を撮影。来春はこんな花輪を「淀テク」がジョグジャの川のゴミから作ってくれるのだろうか。

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 お役目の終わったササンは午後からバンドンへ帰っていった。私はもう一泊ジャカルタ。
 もう4年前になる。当時ジョグジャカルタのガジャマダ大学で学生をしていた私の友人は、2年の学生生活を経てジャカルタにある日本大使館での勤務が始まった。若いのにバリバリに仕事をするやり手の女性と有名な彼女(おそらく本人は名前を書かれるのがイヤだろうからふせておく)は、学生時代(大使館員としての学生生活)から多くの貴重な交流事業を企画し、私もその企画に参加して美術展などをキュレーションする機会を与えてもらった。
 そんな彼女がインドネシア勤務5年を終えて、この9月に霞ヶ関に戻ることになったのだ。彼女は生まれて初めて私が出会った外務省の人であり、私がずっともっていた(ゴメンナサイ!)「頭の硬い、センスの悪いお役人様のイメージ」を100%崩してくれた人でもある。今までジャカルタに行くと、彼女のアパートメント(言っとくが日本のアパートとはぜんぜん違う。中にフィットネスもプールもある)に泊めてもらったこともなんどもある。

 今回はちょうど安部総理来イで大忙しだった時期のちょっと後と、私がジャカルタで仕事を終える時期が重なったので、ここで彼女のお別れ会をすることになったのだ。以前から彼女が気にしていた名古屋メシの「味噌カツ」と「小倉トースト」を私バージョンで披露することに。

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 今回は食べやすくするために本来は豚のところ、鶏を小さめに揚げてみた。思い切り味が濃いので、緩和剤としての野菜は多め。

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今日の参加メンバーは大使館時代の彼女のパートナーであるKさん、国際交流基金のTさん、ジャカルタで役者をしているSさんと、彼の古い知人でバンドン在住の日本女性。みんなで記念撮影するつもりが、雇われ女将の私も、家主の彼女も台所で忙しかったので、写真に写ってる人たちはゲストの方々のみ。

 途中、そうめんタイムをはさんで、最後の締めは小倉トースト。名古屋では喫茶店のモーニングでも厚切りのトーストにたっぷりバターを塗って、その上に小倉というのは別に珍しいものではないが、これを食べたことのない人が今日の参加者にも2人いた。味噌カツにいたっては多治見出身のTさん以外、みなさん初めて食べた味だったらしい。

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 今日は私のテキトー・バリエーション。一つ目はトーストに小倉とクリームチーズをのせ、まるごとオーブンで焼いたもの。

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 もうひとつは、話の途中で話題になった「イチゴ大福」(これも発祥は名古屋と聞いた)を思い出したので、トーストしておいてそこへ小倉とイチゴをのせてみた。こっちは皆さん、味噌カツほど恐々食べてる様子はなかったけれど、32年生きてきて初めて味噌カツと小倉トーストを食べたKさんは、小倉に関しては、もう二度と食べたくないような顔つきだった。

  とまれ、今日の主役は名を明かさない大使館員の彼女なわけで、彼女が喜んでくれたことが私には一番だった。毎日ハードワークで大変な外務省関係の皆さんも、今日は土曜なので安心して夜更かし。最後には近々インドネシアを去る彼女のDVDや本コレクションをみんなで分け、解散したのは午前2時半だった。

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都会ジャカルタのアート・リサーチ

 思い切り濃いバンドンの取材を終え、一同はジャカルタへ車移動。最近はジャカルタ~バンドン間に高速道路が開通し、随分と移動が楽になった。スムーズならば所要時間は約3時間。今日は早朝に出発したこともあり、予定通りの3時間でジャカルタのナショナル・ギャラリーへ到着。
 ジャカルタ2日の調査にも、バンドンからササンが同行してくれることになったので心強い。いくらインドネシアに長く、バンドンもジャカルタも頻繁に来てるとはいえ、お客様を連れて歩けるほど地理に精通しているわけでないので、こんなときのササンはムチャありがたい。

 到着していきなり始まったのは、インドネシア現代美術界では海外で一番名の知れた重鎮、ジム・スカンパット。現在はナショナル・ギャラリーの名誉アドバイザーであり、いくつかのギャラリー企画も担当するインディペンデント・キュレイターでもある。

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 ちょうど今、ナショナル・ギャラリーで開催中の「アファンディとその流れ展」を企画したのが彼ということもあり、インタビューの場所に指定されたというわけだ。展覧会にはアファンディの娘であり、本人も有名なアーティストであるアファンディ・カルティカも来ていた。彼女は過去に私の大きなインスタレーション作品を買ってくれたこともある。

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 そしてジムのインタビュー。
 ササンにとっても、彼はバンドン工科大学の大々先輩だし、先生でもあるので、彼の意見はとっても真剣に聞いていた。取材の後で後小路さんから
「いや~、今日のジムの話はとてもおもしろかったですねーーー。おそらく、通訳がよかったからだと思うんです。ヒロタさんのおかげですよ・・・」
と言っていただき、とても嬉しかった。
 確かに、ササンも言ってたけど、今日のジムの話は理解しやすかったし、言ってることに間違いや寄り道がなくて、訳しやすかった。それになんてったって自分のやってる世界の話なので、ある程度難しい用語や表現方法が出てきても大丈夫というのは強い。

 翌日は宿泊先であるホテルで、インドネシア陶芸界の重鎮ウィダヤントの展覧会を見た。インドネシア現代美術の脈に入る人ではないけれど、一般大衆にまでその作品が知られているという測りでいったら、かなりの有名アーティストといえる。なんと瀬戸市にある陶磁器会社とのコラボで、ジャワらしいモチーフの陶人形を発表していた。

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 そしてちゃんと見つけてます!ヨーヨーをするジャワの子供~~~!!! これは私のヨーヨー師匠、世界チャンプのTAKAさんにひとつ持って帰りたいシロモノだったけれど、おそらく彼が興味を示すのはヨーヨーそのものであって、陶人形ではないだろうから、今回は撮影するだけにした。

 ジャカルタは広い。さらにムチャ交通渋滞。短い滞在で効率よく人に会うため、ジャカルタのアーティストにはご足労かけてホテルに来てもらった。これはジョグジャのアーティストたちからもリコメンドのあったビデオアーティスト、イルワン。ジョグジャでも個展をしたことがある。彼のおもしろいのは、デザイナーとしてキャリアをはじめ、そこからプロジェクト的な作品を作っていること。

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 自分の作品についてのプレゼンなどは、いかにもデザイナーらしい構成で、私は好感が持てた。さすがジャカルタともなると、センスのいい子がいるもんだ。

 もう一人、ビデオ作品も作り、自らインドネシアの近代絵画の歴史に詳しく、当時の作品を使った新しい切り口の展覧会などをキュレーションしているハフィズにも会った。彼はイルワンとはまったく別のタイプで、まだ一世代前のシリアスさをもってて、彼は彼なりにおもしろかった。

 夕方には、キュレーター界の重鎮、ジム氏が推薦してくれたジャカルタの新しいギャラリー、ギャラリーARKを訪ねた。確かになかなかいい空間。さらにお洒落。この前マニラの都心で入ったカフェ・ギャラリーとあまりにも構造が似てるので、思わずオーナーに聞いたけれど、まったく関係はなかった。ここではちょうど、今回の調査に入れたい若手作家の一人、クリスティン・アイチョが個展開催中だったので、作品を見ることもでき、ギャラリー空間を見ることもできてラッキー。

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 そして夜はまた按配いいことに、ジョグジャの作家ハンディウィルマンがナディ・ギャラリーで個展のオープニングだった。本当にいいタイミング。
 短い滞在で、大事な部分は運良くすべて抑えることができたのは、後小路さんの強運か。約1週間、ジョグジャ~バンドン~ジャカルタと駆け足で見てきたインドネシア現代美術の最先端。私自身も普段めったに会えないアーティストと会え、充実した時間を過ごすことができた。福岡市美術館時代から福岡アジア美術館、そして九州大学での現在、ここまでためてきた後小路さんのアジア美術についての資料が今回の調査もあわせて編纂される。これは本当に貴重な一冊となることだろう。来春の出版が楽しみだ。

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画廊巡りと中国寺院

 昨晩は日本人5人で呑んだ後、会社勤めのAさんとKさんと別れた後、自由業である私とSさん、F君でファミリーカラオケに行った。ジャカルタでは、日本でも週刊誌で事件が掲載されたことがあったけれど、色っぽいお姉ちゃんがもれなく付いてくるようなカラオケ屋もたくさんあるらしい。日本から来るヒヒ爺さんたちは、普通そっちに通うらしいけれど、私もSさんもF君も自分たちが歌うことがメインなので、健全な方を選択。特にSさんは、芝居が近くなると、発声練習を兼ねてカラオケを使うこともあるらしい。

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 午前2時まで叫んだ後なので、起床は9時。そこからささっと支度をして、行動を開始。 今日のメインは私がずっと気になっててまだ行ったことのないギャラリー、CPアートスペース。過去にインドネシアで2度も大きな国際展を開催したCP財団の持っているギャラリーだ。注目をあびてきたインドネシア・アーティストの個展を今までにいくつも開催してきた。

 さすが、お金持ちだけあって、エントランスもきれい。会場のスペース自体は6x10メートルほどのこじんまりしたものだけれど、照明など設備はしっかり。アシスタントの対応もちゃきちゃきしていて気持ちよかった。

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 残念ながら今は展覧会がなく(写真に写っている作品は過去の展覧会のものが搬出されずに残っているもの)、現在CP財団が企画している中国人アーティストの個展はガンビル駅前のギャラリー・ナショナルで開催中という。近いのでそっちにも寄ることに。

 ギャラリー・ナショナルは国の持っている大きなギャラリーで、CP財団が開催した第1回CPビエンナーレではここが会場になり、私も出品したことがある。CPアートスペースが推してるアーティスト、ヤン・シャオビンの個展がちょうど開催中だった。

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  会場をさらっと流し、ここからまた、昨日観光したコタ地区へ向かう。今日の目的は「王将」の餃子。日本にたくさんある「あの」チェーンとは無関係だけれど、この店も「王将」という。キャベツのシャキシャキ感がなんともヘルシーで、はじめてSさんに連れてきてもらったときに私は大感動したものだった。今日は水餃子と焼き餃子、両方を試してみた。どっちも美味い~~~。

 大満足で店を出、次に目指したのは金徳院という中国寺院。王将の餃子周辺は、まんま中国というエリアで、私たち3人が歩いていても、誰も日本人とは思わない。特に我々トリオは、皆さん自由業で国籍や年齢不詳系(私は時に性別も不詳)だから余計かもしれないが。    新鮮な果物や野菜を所狭しと並べている長い路地には、怪しい「大人の薬」や、バッタもんの中国映画DVD、お経唱えてクルクル回る観音様、電動でず~っと手招きしてる金の招き猫なども売っている。「蚊力源」って書いた小さな瓶があったので、虫除けの薬かと思って聞いたら、「ちがうよ。ちがうね~、オトコのため~」とオバちゃんが教えてくれた。この辺の人たちはいくらインドネシアに暮らしていても中国人コミュニティで生きてるから、インドネシア語の下手な人もいる。しかし、なんで「蚊」なんだ?

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  そんなチャイナバリバリの通りを行くと、極彩色の屋根が見えてきた。ここが金徳院(Dharma Jaya)。院に入ると、まずは煙で目が痛くなる。皆さん熱心に祈っている。蚊取り線香のグルグルを引っ張って円錐にしたようなでっかい線香が天上からいっぱいぶら下がり、床には私の背ほどの巨大な真っ赤なロウソクが並んでいる。

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  いたるところにいる神さんの祠は、まるで多神教のヒンドゥー寺院のよう。 私が好きなヒンドゥー教の女神サラスワティ。バリ島では「サラスワティの日」もあって、文学、音楽の女神サラスワティのために書物や楽器にもお供え物をする。このサラスワティが日本に伝わって「弁財天」(弁天、弁才天)になった。金徳院にあるたくさんの祠の中にも、弁才天をたくさん集めた祠があったので、ここの弁天さんに挨拶しておいた。

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 あっという間のジャカルタ観光も終わり、ここからタクシーで空港へ向かうことになるので、院を出るところで「飛行機の事故からはどうかお守りください」としっかりお祈りしてからこの場を後にした。

  おかげさまでライオン・エアーのジャカルタ発ジョグジャ行きは無事にジョグジャに到着。途中何度か横揺れにあったので、そのたびにヒヤ~~~ッ・・・としたけれど、何事もなくてほっと一息。今回ジャカルタへ行くとき、家からジョグジャの空港まで使ったタクシーの運転手さんが、偶然にもガルーダの犠牲者の家族だった。どんな状況だったかを行く前にリアルに聞かされてビビッたのだけれど、「うちのオバアチャンが事故で死んだことで、あんたのSIAL(不運)ももってってくれたから、あんたは大丈夫だよ」と言ってもくれた。だとしたら、亡くなったオバアチャン、私を守ってくれてどうもありがとう・・・

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バタビアの風に包まれて

 12日から14日までジャカルタに行ってきた。今回は珍しく、何かの打ち合わせとか、見たい展覧会があるとかではなく、ほんの少しジョグジャから脱出したいだけの理由で出かけた。昔はジャカルタというと、まったく知り合いもいない大都会で、行くだけで気合入れすぎて熱が出たものだった。 今では10年以上の仲でバンドンからジャカルタへ移って役者をしているSさん、ジョグジャで数年を過ごしてからジャカルタへ移って起業した若きF君、在インドネシア大使館期待のホープ、やり手のAさんなど、私が行けば相手してくれる友達がたくさんいるので、怖い大都会ジャカルタもずいぶん身近な街になってきた。そうして思うと、「恐怖は知らないから生まれる」っていうのもわかる気がする。何度か行って、道もわかり、どのエリアが危なくて・・・ってのがわかり始めれば、気合熱も出なくなる。 

 普段は目的があるために、逆に観光をすることがなかったので、今回は完璧ツーリストになってジャカルタ観光することにした。F君がつきあってくれたので、彼のバイクで巡ることに。以前Sさんに美味しい餃子を食べに連れてってもらったKOTA(コタ)のエリアにはたくさんの博物館が集中している。1日目はこの周辺を回った。

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 コタ地区は「旧バタビア」、オランダ植民地時代の政治の中心地で港町として栄えた場所。今でもたくさんのコロニアル式建造物が残り、バタ臭くておもしろい。まずは本で読んで気になっていた「跳ね橋」を目指した。まるでゴッホの絵から出てきたみたいな跳ね橋は、今ではもう使われていないけれど、ちゃんと管理者もついて歴史の証人として残されていた。跳ね橋から見れば、川沿いにはたくさんの古い建物が残っていて、インドネシアにいながらオランダ色いっぱいな不思議な空間だった。がしかし、川が臭すぎ・・・

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 ここからさらに北に向かうとスンダ・クラパ港。東インド会社があったころには多くの船が行き来した大きな港だったらしい。港のすぐ横にあるのがバハリ(海洋)博物館。1652~1771年までかかって少しずつ増築されていった東インド会社の香辛料倉庫。1942年には日本軍が物資を保管する倉庫として使っていたこともあるという。その後1977年に、ジャカルタ特別区によって海洋博物館として一般に公開されるようになった。

 正直、展示物はそれほど貴重なものではないし、展示方法も下手。でもこうやって歴史的な建物を保存できるのはいいことだ。ジャカルタともなるとなかなか洒落たことも考えている。2009年までに周囲の環境整備もして、港の景観美化につとめ、海上カフェも作る予定とか。そこまでやったら、このエリアはきっとかなりお洒落になるだろう。ガンバレ、ジャカルタ特別区!

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 ここから南に戻り、コタ駅にあるファタヒラ広場へ。 ここが旧バタビアの中心地。どこもかしこも建物密度が高くてごっちゃゴチャな大都会ジャカルタでは珍しく広場があって木々も多くて気持ちのいい場所だ。ここには旧市庁舎を使った歴史博物館、旧バタビア裁判所を使った陶磁器博物館、旧教会を使ったワヤン(影絵芝居に使う人形)博物館などが並んでいる。  すでにランチタイムだったので、ここでまず休憩。2度来たことのあるバタビア・カフェに入った。これは歴史博物館の正面にあるレストランで、ジャカルタでも人気の場所。ちょっと高級だけれど、確かに雰囲気はイイ。店員に聞きこそしなかったけれど、場所的にも、内装を見ても、おそらく当時のオランダ人、港に着いたヨーロッパ人のダンスホール、あるいは迎賓館のようなものだったんだろう。
 

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 しっかり休んだ後でワヤン博物館を訪ねた。1940年に常駐オランダ兵のために建てられた教会はその後地震で崩壊して再建もされ、1975年に現在の博物館として開館した。これもジャカルタ特別区の管理。今回は海洋博物館とワヤン博物館しか回れなかったけれど、意外だったのは係員の対応。

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  インドネシアの公的機関では、いくら美術館だ博物館だっていっても、専門家をおいていることはなく、スタッフは公務員の制服を着て、新聞読むか、携帯電話でメッセージ送ってるか、コーヒー飲んでるか。来客があろうがなかろうが、自分には関係ないやって人が多い。そんな中で、海洋博物館にいた兄ちゃんなんか、ちゃんとその場所の歴史も説明してくれたし、今後のジャカルタ特別区の計画も教えてくれた。こういう対応があると本当に気持ちいい。  

Wayan 

  これはワヤン博物館で見つけたレアな1品。インドネシアのワヤン(影絵芝居)では、演じられる内容はインドの叙事詩「ラーマヤナ」か「マハバラタ」が中心で、それにそれぞれの地域の民話などが織り込まれる。ところがこのワヤン、よ~く見ると十字架に付けられたイエス・キリストや天使がいる。この他にもアダムとイブのワヤン、悪魔のワヤンもあった。解説によると、これはジョグジャのお隣の古都ソロで、クリスマスを祝うために作られたワヤン。 

 今回はお上りさんなので、予定もいっぱい詰めていた。この後はインドネシアで3つしかないというプラネタリウムへ向かった。ところが行ってみると上映時間の午後4時半だというのに人気がない。入り口の小さな掲示を読んだら、「機械の故障でしばらく休館します。また上映できるようになるまではお休みします」とのこと。いつまで休むかわからないのはインドネシアらしい。ひょっとしたら、国内にテクニシャンがいない可能性もアリだな。この時点では私とF君に、Sさんも合流してくれていたので、近くの喫茶店でお喋りして、仕事の終わったKさんとAさんと5人、日本料理屋で久しぶりの再会を祝った。

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