Archive for March, 2008

年寄りライブと映画

 一週間前の停電事件(『災難2連発~停電と歯痛~』参照)に始まり、先週一週間は「日々是災難」の毎日だった。日本でも、昔は一つ電化製品が壊れると、次々に壊れるなんてことがあったけれど、まさに我が家は今そんな感じ。うちでは裏の井戸水をいったん屋根の上のタンクに汲み上げ、そこからそれぞれの蛇口に水がいくようになっている。タンクの水が減ったら自動的に井戸のポンプが作動して汲み上げる仕組み。この自動装置が壊れた。だから気づいたら水がなかった。とはいえ、これは簡単に直せる。自動装置は買い換えないともうダメだけど、当面はマニュアル、タンクいっぱいになったらポンプを切ればイイ。
 次に自動車のACが壊れた。最近は国際交流基金の大型展覧会『KITA!!』の準備で毎日走り回っている。ここんとこジョグジャの天気は昼間にムチャクチャに暑くなり、次にジメジメに湿気が出てきて夕方からドバ~~~っと豪雨というフルコース。そんな中、街中を移動するのにACなしは蒸し風呂状態。さらに雨となったらもうフロントガラスは視界ゼロとなる。でも豪雨だから窓も開けられない。ほとんど決死のドライブ。この前も、熱風しか出ない車内で脱水状態寸前のところで、車を降りたら外の方が全然涼しかったなんてことがあった。
 さらに歯茎の痛いのはまだまだ続いている。せめて、せめて、豪雨の後の冷えた夜に、温水シャワーで身体を温めたい・・・と思った私のささやかな望みも、連続する災難によって阻まれた。今度は温水器が壊れてお湯が出なくなってしまった・・・。

 運の悪いことに、インドネシアでは20日がイスラム今日の祝日、21日がキリスト教の祝日、そして22~23日は終末と、ほとんどが4連休になっている。店は開いていない。だから湯沸かし器を買った店も、明日まで営業していないのだ。
 もう、こうなったらじたばたしても始まらない。お湯がなくても死なん!歯茎が痛くても死なん!そう腹をくくることにした。もともと数年前までは湯沸し器も持ってなくて、寒い日にだけ大きな鍋にお湯を沸かして、それを水で薄めて使ってたんだから、そこへ戻ったと思えばいいだけ。でも人間ってどんどん快適さに慣れると、それが当然になっちゃうからいかんな・・・。

 少し前向き思考になった金曜の夕方、ティアスから久しぶりに電話があった。ティアスは過去にジョグジャやジャカルタで一世風靡したロックバンドのギタリスト。今は当時のバンドを解散し、ジョグジャ北部に小さな飲食店を建て、そこで週末ライブなどをしている。互いにローリングストーンズ大好きということもあり、機会があれば一緒にライブをしている仲間だ。私にとってはギターの師匠でもある。
「ミドリ~、今日はボーカルいないからさ~、来てよ。ギター持って」
と久しぶりにお声がかかったからには、歯茎が痛くても行くしかない。お湯を沸かして水で薄めて行水してから出かけた。

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 彼が今やってるバンドのメンバーは知らない人たちばかりだった。見た目かなりのオッサン(右のギターがティアス)ばかりだけど、こういう世代の方が渋い音が出せるから私の好みだ。
「ミドリから適当に始めたらついてくからさ・・・」
ストーンズのナンバーから20曲ほど演れば、皆さんちゃんとついてきてくれる。さすがストーンズ世代、すべての歌が頭に入ってるんだな・・・と嬉しくなる。せっかくのライブなのに歯茎のせいでアルコールが飲めないのが残念ではあった。だってティアスは酒作りもうまくて、オリジナルカクテルはなかなか美味いのだ。次回はぜひ、歯茎も完璧な状態で美味しい酒と一緒にライブしたいものだ。

 連休中に街中に出るのは好きじゃない。ジョグジャってのはとかくローカル客に人気の街だから、連休の人ごみと交通渋滞ったら半端じゃない。多分日本の京都みたいなものなんだろう。だから姉妹都市提携してるんだろか? またもやDVDを借りてきた。
23.jpg◆Number 23(2007)
珍しくジム・キャリーがサスペンス・ホラーに主演。ブラピの『SEVEN』を思い出させる雰囲気もあったりしたけど、なかなか面白かった。こういう結末だったとは。

rogue.jpg◆ROGUE(2007)
ジェットリーと「トランスポーター」のジェイソン・ステイサム主演。日本のヤクザがいっぱい登場。こういうのに、松田優作が生きていたら・・・とつくづく思う。石橋凌じゃ~悪いけど役不足な気がする。それと、日本人だって見るんだから、ちゃんとした日本語喋って欲しいよな。いい加減すぎじゃん、日本語のセリフもセットも・・・。

flawless.jpg◆FLAWLESS(2007)
同タイトルでロバートデニーロの映画もあったみたいだけど、こっちはデミ・ムーアの宝石泥棒モノ。昔のロンドンの町の雰囲気や衣装が楽しめた。内容は最後の種明かし部分がちょっとおもしろいけど、間は今ひとつ力入らず。

holluwood.jpg◆Hollywood Land (2006)
1950年代にアメリカで大人気だったTV番組『SUPERMAN』の主役、ジョージ=リーヴスという俳優の謎の死(実話)を題材にした映画。『JACKET』や『PIANO』のエイドリアン・ブロディが演じる探偵は実在ではないらしいけど、映画の中では一番目立ってたような・・・。この役者もかなり個性的でいいなぁ。
こういう解決してない実話のミステリー系では、『BLACK DAHLIA』が私は好きだったな。

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災難2連発~停電と歯痛~

 インドネシアでは停電は当たり前。ましてや毎日暴風雨がやってくる今の時期はフツーに停電する。
昨日の日曜もそうだった。寝室に掃除機をかけていたら突然切れた。うちは使用電気量が1300Wしかないので、冷房と掃除機を同時に使うとブレーカーが上がる。家の外にあるブレーカーをチェックしたけれど、どうもいつもの過負荷ではないらしく、ブレーカーの位置はいつものまま。ということはこの地域一帯が停電ということか・・・。
 昼間は別にさほど気にならない。パソコン仕事はできないけれど、こういうときは最初から諦めて、読書に徹することにしている。たまにゆっくり読書に時間をとるのもいい。がしかし、夕方になり、外が暗くなるにつれ、気づけばお隣さんちには電気がついている。裏庭から裏を覗けば、こっちの家にも電気が・・・。「なぜうちだけ???」
 早速ジョグジャ市の電気局サービスセンターに電話してみた。なんだかパッとしない対応にむかつくも、こっちはもう自分じゃどうしようもないからすがるしかない。
「はぃはぃ。何時に行けるかはわからないけどね~~。絶対行くから。うちは24時間だから」
とのオッちゃんの返事を信じる以外に方法はないのだ。
 自然光では読書もままならない時間になり、ロウソクを灯して助けを待つ。いつもは世の中の皆さん全員が停電だから・・・という団体意識があるけど、今回は違う。
「なぜうちだけが???」
と悶々とした気持ちで電気局を待つ。そして午後5時過ぎにようやく2人の職員登場。

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 なんと、玄関横についた電源ボックスの中で、電柱から配線されたケーブルに問題があったらしい。職員がチェックすると同時に箱から火花が散って煙が出、家の向かいにある電柱の上からも火の粉がパラパラ降ってきたからビックリした。近所の人まで慌てて走り出てきて、こっぱずかしい・・・。
 直ってホッとした以上に、インドネシアの電気局がちゃんと日曜の夕方にもかかわらず来てくれたことに感動した。オマケにタダだし。我が家は1935年築らしいので、いろんなところに傷みもくるんだろう。

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 にしても、忙しくなってくるといろいろ問題が起きるのはなぜなんだろう?そんなにたくさんバチが当たるほど、悪いことしてないつもりなんだけど・・・。昨日は停電、そして今日は歯痛。疲れると歯が浮いたみたいになってもう何年にもなる。でも特別悪化しないから、ずっとそのままにしている左上の奥歯。
この歯茎が腫れた。初めて歯茎が腫れた。なんだか大きなニキビのような感じがした(舌で触って感じるには)ので、つぶせばいいのかと思って針を消毒し、火で炙って突っ付いてみた。それでも変化がなかったのが3週間ほど前。
 その後しばらくなんともなかったけれど、また腫れるようになってきた。考えてみれば、あの突っ付きがよくなかったのか?多分そうだろう。人に話すと、このムチャな処置にインドネシア人ですら呆れる。どうも私はバリ在住の頃から、プリミティブな治療法が好きらしい。日本の医者で何度切っても治らなかったウオノメがバリの伝統治療で治ったこともあり(『バリタイムズ』参照)、荒療治が癖になっているのだろうか。

 とまれ、今回はかなり後悔している。その突っ付いた部分が、ずーーーっと腫れの原因になっているのだから。そこまで荒治療が平気なくせに、今まで歯だけはインドネシアで医者にかかりたくないと思ってきた。けれど今回はやむをえない。来週からはどんどん日本人アーティストがジョグジャにやってくる。そして私は彼らのケアという重要な任務があるのだ。ここで自分の突っ付いた歯茎を腫らしたのが原因で休んでたらオオマヌケだ。

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 雑用の合間をぬって今朝、知人に勧められたクリニックに行ってきた。中には一人も患者がいない。クリニックの中は意外と小奇麗だ。受付に出てきた丁寧な姉ちゃんと面談して診療室に入ると、想像以上に最新の設備なのでビックリした。さらにさらに、出てきたドクターは若いお姉ちゃん。お姉ちゃん、キレイなのはいいけど、これがドクターとなるとちょい不安でもある。
 診察椅子を倒され、なんで腫れちゃったのか事情を話したら、ここでも呆れ顔。でも、もともと腫れていたということは、そこには私が作った原因以外の原因があるわけで・・・
「あ~・・、これは開かなくちゃダメですね・・・」
これ、インドネシア語で言われると怖い。「開く」という意味に「Bongkar(ボンカール)」というインドネシア語を使うのだけれど、「ボンカール」には「取り壊す」とか「解体する」といった意味もあるから自分の歯茎がそうされるかと思うと、言葉にゾッとした。

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 がしかし今、この時期に歯茎を「解体」してもらってる場合じゃないような気がして、なんとか薬でこの腫れを抑えてあと1ヶ月もたせることができないか相談したところ、口膣の洗浄薬と抗生物質をくれた。後は疲れをためずに、ビタミンもちゃんと摂取して日々規則正しい生活をしなさいとのこと。
(赤い矢印が若いドクター。腕を信じていいのか???)

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 なんだか災難続きの今日この頃。これがやがてくるムチャクチャにラッキーな出来事のまえぶれだったらいいんだけれど・・・

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ニュピとオゴオゴin BALI

 私が10年間過ごしたバリ島の島民は、ヒンドゥー教を信仰し、西暦の他にサカ暦(1年354日)やウク暦(1年210日)でも時間を測る。このサカ暦の新年が今年は西暦の3月7日に当たるので、久しぶりにバリで正月を迎えるべく、2日前の5日夜、バリへ向かった。
 バリの新年は「ニュピ」と呼ばれ、1年の始まりに音を出すことも火を使うことも許されない。つまり元日24時間は道路に一台も通行者、車がなく、台所で調理する者もいない。夕方日が暮れても誰も家に火は灯さず、真っ暗な中で元日の夜を過ごすのだ。
 その代わりといってはなんだけれど、大晦日はスゴイ。聖なるバリ島が新年を迎えるためには、島中の悪霊を追い出して浄化しなければならない。だから村の子供たちは爆竹のようなものを鳴らしたり、鍋を叩いたり、どこそこでドンドン、カンカン、ガチャガチャと音がする。

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 もう一つ面白いのはオゴオゴ。日本の「ねぶた祭」の山車にも似たオゴオゴは、バリの悪霊をかたどった張りぼて。町内の若い衆がそれぞれに趣向を凝らし、様々なオゴオゴを作り、大晦日の夜に練り歩くのだ。そしてこのオゴオゴ(悪霊)は、場所によって海岸沿いで焼かれたり、墓地で破壊される。つまりこれでバリ島から悪霊は消え、キレイな状態で新年を迎えられるというわけ。

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 久しぶりにバリでニュピ(サカ暦の新年)を迎えることになった私は、5日の夜空港に着いて村に戻ると、早速迎えに来てくれたマデサナ兄貴と一緒にUBUDの周辺を回った。まだ制作中のオゴオゴをチェックするためだ。
 長くバリに暮らしていると、いやな面も見えてくる。最初にツーリストとして感動したバリとは違う「生の暮らし」としてのバリはイイところばかりじゃない。でも、バリを出て、今度は7年もジョグジャに暮らしていると、久しぶりに戻ったときのバリの印象はやっぱりイイものに変わっていたりする。今回も「やっぱりバリはスゴイ!」と思ったのがオゴオゴだった。

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 だって、こんな立派なハリボテが、フツーーーの村のガキたちによって作られているって、スゴくないか? 特にUBUD周辺は、観光客相手のレストランやホテルも多いから、多額の寄付金が出る。明日の大晦日の出番を待っているオゴオゴの横には、町内の誰さんがいくら寄付をくれた・・・と表がある。UBUD中心のオゴオゴには1体作るのに1300万ルピアの寄付金が集まっていた。もうすぐ3年目になる、あの中部ジャワ地震では、家を全壊で失った家族一件に着き1500万ルピアの復興義捐金が政府から出た。家一件建てろという額と、大晦日一晩の命で捨てられるハリボテ1体の制作費がほぼ同じというのも、う~ん・・・、なんとも考えさせられる。

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 そして翌6日、つまりは大晦日。
昨年はバリ島内で3110体のオゴオゴが作られ、今年は4035体が練り歩くことになっているらしい。いっときはこのオゴオゴ行列が酔っ払った若者のケンカ御輿みたくなって危険だとういうことで、警察から規制があったりもしたけれど、今年はどうやら盛大にできるらしい。
 今日ここで掲載しているのは、私のバリの家族の住んでいる周辺のオゴオゴ。これがフツーに、芸大生でもなんでもない、村のガキ達によって、大人の手も借りずにできているってのは、う~~~ん、やっぱりバリはすごい・・・。それとも、ねぶた祭のあるかの地でも、村の子がこういうものを作れるっていうのは、フツーのことなんだろうか?

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 バリの人たちに便乗して、私も自分の心の中のマイナス思考(それこそがバリ人のいう悪霊なのかもしれないな・・・)を大晦日の夜と一緒に吹き飛ばしてしまおうと思っている。皆さん、新年おめでとうございます!(バリ式に「SELAMAT HARI RAYA NYEPI!!!」)
 

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2冊のガイドブックとカリ・チョデ

 あっという間にもう3月。日本もそろそろ春の気配が訪れはじめている頃だろうか。
 先月、最終原稿完成のためにスラバヤを訪れ、ジョグジャに戻ってすべてを編集し終わり、ようやく印刷に回すことができた。フルカラー70ページの豪華ガイドブックが3月中旬には完成する。きっと担当したスラバヤ市観光局のユサクおじさん感動するだろうなぁ・・・

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 何を思って「スパークリング・スラバヤ」というのか知らんが、このハジける感じに合った写真がスラバヤの夜景だったので、これをカバーにすることにした。

 内容はスラバヤへのアクセスにはじまり、歴史、文化、自然、考古遺跡、ショッピング、食事、ホテルなどのコンテンツに分けた。思い切り私の好みがページ割りに現れていて、食事のページが多い、多い・・・。

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 今回はこの原稿と一緒に、もともと私が数年来つくっているジョグジャの日本語ガイドブック『JOGJA SURFING』の3~4月号も仕上げた。これは2年前からジョジャカルタ市観光局公認となり、印刷費もジョグジャから出て、インドネシア国内にある15の日本人会や日本企業への配布もジョグジャ政府もちで計らってくれていたのに、今年からは予算ゼロ。国交樹立50周年で秋篠宮殿下まで訪問しているっていう記念すべき年に、なんで予算がない?!
 確かにもとはといえば、私が自腹で刊行していたものを、ジョグジャが認めてサポートしてくれてたわけで、振り出しに戻ったといえばそうなんだけれど、私も昔のように若くない。予算がないならもうやめればいいや・・・と思っていたときに、国際交流基金主催の友好年記念事業、ジャパニーズ・アーティスト・ミート・インドネシア『KITA!!』展に関わることになった。そしてディレクターである東京本部のFさんから、この展覧会をどうやってジョグジャでPRしていったらいいのか相談を受けたのだった。

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 そこで今回、『KITA!!』展のPRを掲載する、つまりジョグジャ・サーフィン側からすれば広告掲載料が入ることにより、3~4月号発行が実現した。こっちはあさってには刷り上ってくるんだった。
 日本でジョグジャ・サーフィン希望の方は、五反田の在日インドネシア大使館でどうぞ。

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 昨日はカリ・チョデを回ってきた。「カリ」はインドネシア語の川。つまりチョデ川。
 上述の『KITA!!』展には日本人アーティスト20組57名が参加する。数組は展覧会開催の1ヶ月前にジョグジャに入り、現地制作をすることになっている。中の一組が淀川テクニック。男性二人組のユニットで、川のゴミを集めて巨大オブジェを作ったりしている。2年前の釜山ビエンナーレで彼らの作品を生で見て、ゴミがここまでのものになるのかと感動したことを覚えている。
 そんな彼らが、ジョグジャの川でも制作することになったのだ。ユニットの一人柴田君はすでに一度ジョグジャに視察に来ている。そのときに紹介したチョデ川上流に、彼の気に入る場所があったのだけれど、今度彼が制作のためにやってくる前に、もっといい場所があるかも・・・と思って、チョデ川の下流を探索してみた。

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 結構あるある。
 彼らのプランの詳細を知らないので、どの場所が最適なのか、私にはわからないけれど、単純に川を含むその場所の空気として、気持ちのイイ場所があった。
 にしても、この雨季、本当にいつ降り出すかわからないから困る。チョデ川の下流で2ポイント見つけて撮影していたら、2ポイント目でいきなりの雨。やむをえず撮影を中止して帰宅した。

 昔はもっと雨季は雨季、乾季は乾季ってはっきりしてたような・・・。これも温暖化なのか・・・

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